[第1-3集] 武照(後の武后)、14歳の時に太宗の後宮に入る。 太宗に召しだされることはあまり無く、太宗崩御の後尼となる。 [第4-6集] 宮中では高宗の皇后、王皇后と蕭淑妃が対立していた。高宗の寵愛は蕭淑妃から離れたが、蕭淑妃と共に王皇后も遠ざけられるようになる。 [第7-9集] 皇后は呪詛をおこなったとして捕らわれ、蕭淑妃は毒入りの酒を隠し持っていたとして捕らえられた。 [第10-12集] 武媚の宮廷内における立場はますます強く確固たるものとなっていった。武媚は王皇后追い落としの手をゆるめなかった。 [第13-15集] この時期、長孫無忌をはじめとする先代の太宗皇帝以来の重臣たちは朝廷内で依然として強い力をもっており、武媚擁立派と鋭く対立していたが武媚は、ついに大唐帝国の皇后の座をわがものにし、西暦655年、皇帝とともに玉座に就いた。 [第16-18集] 武后は政策にも意見をするようになり、影で高宗を支えるようになった。その裏では、前皇后である王皇后を残虐な方法で葬るのであった。 [第19-21集] その後高宗李治亡き後、皇位は李哲が継いだが、皇太后暗殺の陰謀の首謀者である素節をはじめ、多くの李家の諸侯たちが捕らえられ、唐王朝の宗家、李家の力はますます弱くなった。 第22-24集] 西暦690年、唐の天寿元年、とうとう武后は帝位の座に就き、国号は周と改められる。都は洛陽に定められ、中国史上唯一の女帝、則天武后が誕生した。 [第25-27集] 権力も精力もますます盛んであったが、やがて武則天も老いてくると病床にあることが多くなり、指導力も衰えてきた。 [第28-30集] 次第に唐復活の機運は高まり、譲位を迫られ、中宗が復位し国号も唐に復すことになる。唐王朝は退位した武照に則天大聖皇帝の尊号を奉った。
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